地の利は得ている。太田川の七つに分岐してる清流が市街地を六つのデルタに区分し、北方は青山にかこまれ南方へ扇形をなして海に打ち開け、海上一里ほどの正面に安芸の小富士と呼ばるる似ノ島の優姿が峙ち、片方に宇品の港を抱き、その彼方は、大小の島々を浮べてる瀬戸内海である。ここに建設される平和都市の予見は楽しい。
だが、まずそれまでは、ヒロシマの声に耳を傾け、その声を自分自身のものともしなければならない。ヒロシマは日本の中に在るのだ。軍備を廃止し戦争を放棄した日本に、平和擁護の声が起るのは当然のことだが、ヒロシマの声は最も痛切である。ヒロシマを忘れてる人がいはしないか。いつ如何なることがあっても、決して武器を手に執らないとの決意が出来ているか。ヒロシマを日本に持つことの苦難な光栄を人類に宣言するだけの覚悟があるか。講和条約が云々される折柄、これは根本的に重要な問題だ。戦争の大半は、人の心の中にある。
底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつ
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