合す時、云い知れぬ家庭的感激が諸君の眼を湿ませなかったであろうか。
 古の各家庭には、また現代でも素朴な各家庭には、大抵一の神棚があって、そこに家庭の神が祀られてるのを常とする。神というものは、人間の理想の具体化であると共に、人間の気高い感情の象徴である。家庭の神――それが本当の家庭の心である。バラックに住む諸君は、家庭の神に跪拝するの心地を、味い得たことであろう。
 家庭を愛するの心は、他の博い愛の基をなすものである。神に奉仕せんがために己の家庭を捨てる、そういう生活様式も世にあることを、私は否定するものではない。然しながら、吾々及び諸君の生活様式では、家庭を捨てることは、他のあらゆる愛を捨てることになる。自分の家族よりもより多く隣人を愛するという者を、私は信ずることが出来ない。より多く自分の家庭を愛する者こそ、より多く隣人を愛するものである。愛という言葉の誤解を防がんがために、これを云い換えれば、自分の家族のことを本当によく考える者こそ、隣人のことを本当によく考える者である。
 バラックの諸君よ、家庭というものを本当によく感じ味い考え給え。
 それから、諸君の眼に映じた第二のものは
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