合った仕事は、人に力強さと輝きとをよりよく与える。この意味で、自覚的な農業は比較的よい仕事かも知れない。然しながら、人は必ずしも、食を得んがためにのみ働くものではない。生きること生活すること、それ自身が一の働きの上に立つものである。そこに人間の生活の力と光とがある。
 バラックの諸君よ、仕事というものを本当によく感じ味い考え給え。
 さて改めて、バラックに住む人々よ、諸君がバラックの困難な生活に於て、自分の家庭と仕事という二つを、しみじみと眼に止めたならば、諸君の生活は必ずや新らしい光に輝らされるに違いない。そして諸君の生は、強固な基礎の上に力強く築かれるに違いない。それは尊い経験である。日常生活では容易に得難い体験である。この経験を諸君がいつまでも忘れないようにと、私は切に祈りたい。諸君がそれをしかと胸に抱いてる間は、諸君の生活は常に――たとえ困苦の中にあっても――輝かしいものであるだろう。
 とは云え、バラックの生活が如何に悲惨であるかは、私にもほぼ想像はつく。殊には向寒の砌り、薄っぺらな屋根と四壁と低い床との中の寒気、昼の日当りと夜の点灯との不完全、仮りの住居という意識から来る不安、調度の不備と衛生法の困難、慰安や休息の欠乏、其他万事局限せられた不如意、それらのことから、諸君の生活に如何に陰欝な影がさしてくるかは、想像にも余りあるほどであろう。とりわけ自分一個のバラックでなしに、市設の長屋式バラックの或るものに於ては、隣家との仕切の板壁もなく、張られた縄一筋を境界とするそうである。そういう中に暮すことは、非常な困難に相違ない。貧しさに堪え得る者も、惨めさにはなかなか堪え難い。
 けれど、それも一時のことである。胎を据えて生活の根を下してる者にとっては、一時の悲惨は却って、未来に対する希望をより強く燃え立たしむるものであり、未来の光景をより輝かしくなすものである。未来が塞がれていない限りは、どんなことにも圧倒されないのが人間の本性である。そして諸君の未来は、決して塞がれてはいない。家庭と仕事という二つを本当に噛みしめた諸君の未来は、常にも増して広々としてる筈である。そして諸君が健かに生きてゆく以上は、未来の復興は案外早く来るであろう。
 ただ私が恐るるのは、諸君の肉体的健康である。前述の私の言に大過がないとするならば、私は諸君の精神的健康を信ずることが出来る。け
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