いこ》のおりに私をとらえに来ました――(私の第六交響曲をやってるときでした。)――幕間に彼女に会いましたが、彼女はやって来るとき、鼻をつき出して空気を嗅《か》ぎながら叫んでいました。「愛の香りがしている。ほんとに私はこの音楽が大好きです!……」
彼女は肉体的にも変わってしまいました。ただ瞳《ひとみ》の脹《は》れ上がった猫《ねこ》のような眼と、いつも動きを見せてる顰《しか》めた奇妙な鼻とだけが、昔のとおりです。けれどその顔は広くなり、頑丈《がんじょう》な骨立ちになり、色|艶《つや》がまして、丈夫そうになっています。戸外運動《スポーツ》のために彼女は一変してしまったのです。無性に戸外運動にふけっています。夫は御存じのとおり、自動車クラブと飛行クラブとの大立者の一人です。どんな遠距離飛行にも、空中や陸上や水上のどんな周遊にも、ストゥヴァン・ドレストラード夫妻が加わっていないものはありません。彼らはいつも旅にばかり出ています。人と会話を交える隙《ひま》なんかはありません。彼らの話題となるものはただ、競走や漕艇《そうてい》や蹴球《しゅうきゅう》や競馬ばかりです。それは社交界の一つの新しい連中で
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