との結婚をですか……。昔私の美しい従姉《いとこ》へばかり眼をつけていらしたときのことを、あなたは覚えていらっしゃいますか。あのとき私は、あなたにたいして感じている事柄をあなたに悟っていただけないのが、ほんとに悲しゅうございました。もし悟っていただいてたら、私たちの生活はすっかり違ったかもしれません。けれども今では、このほうがかえってよいと私は考えますの。共同生活の苦難に私たちの友情をさらさなかったのは、かえってよいことでした。共同の日常生活では、もっとも純潔なものもついには汚れてしまいますから……。」
「そんなことをおっしゃるのは、私を昔ほど愛してくださらないからです。」
「いいえ、私はやはり同じようにあなたを愛しております。」
「ああそれを私に言ってくだすったのはこれが初めてです。」
「私たちの間ではもう何も隠してはいけませんもの。いったい私は結婚というものをあまり信じてはおりません。もちろん私自身の結婚が十分の実例にはなりませんが、私はいろいろ考えてみたり、周囲をながめてみたりしました。幸福な結婚というものはめったにありません。それはやや自然に反したことです。二人の者の意志をいっし
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