「私は全部がほしいんです。」と彼は不満な調子で言った。

 それでも彼は、彼女がほんとうのことを言ってるのをよく感じていた。彼は彼女の愛情を信じきっていたので、数週間|躊躇《ちゅうちょ》したあとで、ついにある日彼女に尋ねた。
「あなたは望まれないんでしょうか……。」
「何を?」
「私のものになることを。」
 そして彼は言い直した。
「……私があなたのものになることを。」
 彼女は微笑《ほほえ》んだ。
「でもあなたは私のものですよ。」
「私の言う意味はあなたによくわかってるはずです。」
 彼女は少し心を乱された。彼の手を執って、率直に彼の顔をながめた。
「いけません。」と彼女はやさしく言った。
 彼は口がきけなかった。彼女は彼が苦しんでるのを見てとった。
「ごめんください、あなたをお苦しめしまして。あなたがそんなことをおっしゃるだろうということは、私にもわかっておりました。私たちはおたがいにありのままを話さなければいけませんわ、親しいお友だちとして。」
「友だちですって。」と彼は悲しげに言った。「ただそれだけですか。」
「まあ勝手な方ですこと! それ以上何を望んでいらっしゃるのですか。私
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