の、呑気《のんき》さの謎《なぞ》のうちには、多くの魅力がこもっていた。しかしクリストフはそれを認め得る気質ではなかった。社交界の人々にグラチアが取り巻かれてるのを見て、彼は腹をたてた。彼らが嫌《いや》になり、彼女が嫌になった。ローマにたいして顔を渋めるとともに、彼女にたいして顔を渋めた。そしてしだいに訪問の数を少なくした。立ち去ってしまおうかと思った。
彼は立ち去らなかった。自分をいらだたしていたイタリー社交界の魅力を、心ならずも感じ始めていた。
当分の間彼は孤独の生活を送った。ローマやその近傍を歩き回った。ローマの光、宙に浮いている庭園、日の照り渡った海で黄金の帯のように取り巻かれてるローマ平野などは、この楽土の秘密をしだいに彼へ示してくれた。彼は死滅した大建築物にたいして軽蔑《けいべつ》を装っていて、それを見に行くために一歩も踏み出すものかとみずから誓っていた。向こうからやって来るのを待つのだと口をとがらしながら言っていた。ところが向こうからやって来た。地面の起伏しているこの都会の中を散歩してると、偶然それらに出会った。別に捜し回りもしないで、夕陽《ゆうひ》を受けてる赤いフォ
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