こるならば起こるがよい。たとい戦争をもってしても、われわれの握手とわれわれ同胞の才知の飛躍とは、けっして断たれることがないだろう。」
そういうふうにクリストフは考えていた。両民衆がいかほどたがいに補い合ってるか、その精神や芸術や行動は、たがいの援助を欠くときにいかほど不具に跛足になるか、それを彼はよく感じていた。両文明が合流してるライン河のほとりに生まれた彼は、早くも幼年時代のころから、両者結合の必要を本能的に感じていた。そして生涯《しょうがい》の間彼の天才の無意識的な努力は、力強い両の翼の平衡均勢を維持することに向けられていた。彼はゲルマン的な夢想に富めば富むほど、ラテン的な秩序と精神の明晰《めいせき》とをますます要求した。それゆえフランスは彼にとって非常に貴重なものだった。彼はそこでおのれをよりよく知りおのれを支配するの喜びを味わった。ただフランスにあってのみ彼はまったくの彼自身であった。
彼は自分を害せんとする分子にも不平を言わなかった。彼は自分の精力と異なった精力をも同化していた。強壮な精神は、健やかであるときには、あらゆる力を吸収し、自分と反対の力をも吸収する。そしてそれ
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