ていて、心乱れを示さないようにと黙っていた。彼は彼女を室の中へはいらせたが、散らかってることを弁解するために用意しておいた言葉も口に出せなかった。彼女はいちばんりっぱな椅子《いす》にすわり、彼はその横のほうにすわった。
「これが私の書斎です。」
それだけを彼はようやく言うことができた。
沈黙がつづいた。彼女は温良な微笑を浮かべながら、ゆっくりと室の中をながめ回した。彼女もやはり多少心乱れていた。(彼女があとで話したところによると、彼女は子供のころ彼のところへやって来ようと考えたことがあった。しかし中にはいろうとするときになって怖気《おじけ》がさしたのだった。)彼女は部屋の寂しい悲しいありさまに心打たれた。狭い薄暗い控え室、安楽さがまったく欠けてること、眼に見えて貧しげなこと、などは彼女の心をしめつけた。たいへん働き苦労しながら、有名になっていながら、まだ物質的困窮の煩いから脱し得ないでいるこの老友にたいして、彼女はやさしい憐《あわ》れみの念でいっぱいになった。そしてまた同時に、一つの敷物も画面も美術品も肱掛《ひじかけ》椅子もないこの無装飾な室が示してるとおり、彼が生活の安楽というこ
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