ほうへ飛びついていった。クリストフは遠ざかりながら、ただいま用があって面会できないと答えてるエマニュエルの冷淡な声を聞いた。そしてこの男の人をいやがらせる才能に感心した。無遠慮な訪問を与えに来る富裕な軽薄才士らに嫌《いや》な顔をしてみせる理由が、彼にはよくわからなかった。彼らはりっぱな言葉や賛辞をやたらに振りまくではないか。しかしエマニュエルの悲惨を和らげようとは少しもしないのだった。セザール・フランクの有名な友人らがピアノの出稽古《でげいこ》を少しも彼にやめさせようとはしないで、最後の日まで生活のためにつづけさせたのと、ちょうど同じであった。
 クリストフはそれから何度もエマニュエルを訪れた。しかし最初の訪問のときのような親しみをよみがえらせることはできなかった。エマニュエルは彼に会って少しもうれしい様子を示さないで、疑念深い控え目を守っていた。ただ時とすると、才能の発露に駆らるることがあった。クリストフの一言に奥底まで揺《ゆす》られた。そして夢中になって心の中を披瀝《ひれき》した。彼の理想主義はその隠れたる魂の上に、閃々《せんせん》たる詩の光輝を投げかけた。けれどもそれから突然彼は
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