をもたげていた。この時代の人々は生きんことを欲し、たとい虚偽をもってしても生を奪い取らんと欲していた。驕慢《きょうまん》の虚偽――民族の驕慢や、階級の驕慢や、宗教の驕慢や、文化や芸術の驕慢など、あらゆる驕慢の虚偽は、それが鉄の鎧《よろい》となり、剣と楯《たて》とを供給し、彼らを保護して勝利のほうへ進ましむるならば、彼らにとってはよいものとなるのであった。それゆえまた、苦悩や疑惑の存在を思い出さすような苦しい大声を聞くのは、彼らには不愉快だった。彼らがようやくぬけ出してきた闇夜《やみよ》を騒がしていた※[#「風にょう+炎」、第4水準2−92−35]風《ひょうふう》、彼らがいかに否認してもなお世界を脅かしつづけている※[#「風にょう+炎」、第4水準2−92−35]風、それを彼らは忘れたがっていた。しかしその声を聞かないわけにはゆかなかった。まだその声から遠ざかっていないのだった。そこで若い彼らは怒って顔をそむけた。そしてみずから耳を聾《ろう》するために力の限り叫んだ。しかし声のほうはいっそう強く語っていた。それで彼らはその声を憎んだ。
 クリストフのほうは反対に、彼らを親しげにながめた。一
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