てる悲惨でした……。
一|生涯《しょうがい》憂苦の連続であるこの憐《あわ》れな落伍《らくご》者を見ながら、わが友よ、私はこう考えたのです。「自分もこうなったかもしれないのだ。その男と自分との幼時の魂には共通の特質がある。そして身の上のある事件も似通っている。音楽上の思想にもある類似点が見出される。ただ彼の思想は中途で止まってしまっただけだ。自分が彼のように没落しなかったのは何によるのか? もちろんそれは自分の意志によるのである。しかしまた人生の偶然事にもよるのである。またたとい意志だけだとしても、自分がその意志を得ているのは、ただ自分の価値だけによるのであろうか? 否むしろ、自分の民族、自分の友人ら、自分を助けてくれた神、によるのではないだろうか?……」こういう考えは人を卑下させます。芸術を愛し芸術のために苦しんでるすべての人にたいして、兄弟らしい感じを起こさせます。もっとも低い者ともっとも高い者との間の距離は大きいものではありません……。
そこで私は、あなたが手紙に書かれていたことを考えました。あなたの言われるところは道理です。芸術家たる者は他人を助け得る間は隠退してはいけない。
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