。クリストフは穏やかに尋ねた。
「君だったのか。何か忘れ物でもしたのかい。」
ジョルジュはまごついてつぶやいた。
「ええ。」
「はいりたまえ。」
クリストフはジョルジュが来る前からすわっていた肱掛椅子《ひじかけいす》のところへ行ってまたすわった。窓ぎわで椅子の背に頭をもたせて、正面の屋根並みや夕映えの空をながめた。ジョルジュには構わなかった。ジョルジュはテーブルの上に物を捜すようなふうをしながら、ひそかにクリストフのほうを見やった。クリストフの顔は静まり返っていた。夕陽《ゆうひ》の反映が頬《ほお》の上部と額の一部とを照らしていた。ジョルジュは物を捜しつづけるようなふうで、隣の室――寝室――へはいっていった。先刻クリストフが手紙をもって閉じこもった室だった。手紙はまだそこに、身体の形が残ってる敷き放しの寝床の上にあった。床《ゆか》の敷物の上には一冊の書物が落ちていた。開かれたままでそのページが一枚|皺《しわ》くちゃになっていた。それを拾い上げてみると、福音書[#「福音書」に傍点]であって、マグダラのマリアと園を守る人との邂逅《かいこう》のところだった。
彼はまた元の室にもどってき、様子を作るため二、三の物をあちこちへ動かし、身動きもしないでいるクリストフのほうをふたたびながめた。自分がいかに同情してるかを告げたかった。しかしクリストフがいかにも晴れやかな顔をしてるので、彼はどんな言葉もみなそぐわないのを感じた。彼自身のほうがむしろ慰安を求めてるほどだった。彼はおずおずと言った。
「もう帰ります。」
クリストフは振り向きもしないで言った。
「ではまた。」
ジョルジュは外に出て、音のしないように扉《とびら》を閉めた。
クリストフは長い間そのままでいた。夜となった。彼は苦しみもしなかったし、考えもしなかった。なんらのはっきりした形象もなかった。ある朧《おぼ》ろな音楽に理解しようともせずに聞き入ってる、疲れきった人に似ていた。夜が更《ふ》けたころ、彼は気力つきて立ち上がった。寝床の中に飛び込んで、重い眠りにはいった。交響曲《シンフォニー》はなお響いていた。
そして今、彼は彼女[#「彼女」に傍点]を見た、いとしき彼女を……。彼女は彼のほうへ両手を差し出し、微笑《ほほえ》みながら言っていた。
「もうあなたは火界を通り越しました。」
すると彼の心は和らいだ。平安が星
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