たかもその子供を、両親の罪を負ってる者と見なしてるかのようであり、その罪を子供にまでとがめてやまないかのようだった。なんらの娯楽も許さなかった。身振りや言葉や思想に至るまで、すべてその中にある自然なものはみな、一つの罪悪として追い払った。そしてその若い生命の中の喜悦を滅ぼしてしまった。アンナは早くから、退屈な寺院に連れて行かれるのが習慣となり、しかもその退屈を様子に示さないのが習慣となった。彼女は地獄にあるような恐怖にとり巻かれた。彼女の険しい眼瞼《まぶた》の下の幼い眼は、日曜日ごとに、古い大寺院の入り口で、いろんな像の形のもとに、地獄の恐怖を見てとった。身体をねじまげた無作法な像ばかりで、その膝《ひざ》の間には火が燃えたち、腿《もも》には蟇《がま》や蛇《へび》が匐《は》い上がっていた。彼女は自分の本能を押えつけるのに馴《な》れ、自分自身に嘘《うそ》をつくのに馴れた。祖母の手助けをするくらいの年齢になると、朝から晩まで、薄暗い店で働かせられた。彼女は周囲を支配してるいろんな習慣に染《そ》んだ。秩序や偏屈や倹約や無益な不自由などを重んずる精神、退屈しきってる無関心さ、または、生来宗教的でない人々のうちに宗教的信仰がもたらす自然の結果たる、人生にたいする軽蔑《けいべつ》的な陰鬱《いんうつ》な観念、などに染んだ。彼女は老祖母の眼にさえ誇張的だと見えたほど、信心に凝り固まった。やたらに断食や苦行を行なった。あるときなんかは、針のついた胸衣を着てみたこともあった。身を動かすごとに針が身体にささった。彼女は真蒼《まっさお》になった。しかし人々にはその理由がわからなかった。しまいに彼女は気絶しかけたので、医者が呼び迎えられた。彼女は診察されるのを拒んだ――(男の前で着物をぬぐくらいならむしろ死ぬほうがよかった)――けれどついに白状した。そして医者から激しく叱《しか》りつけられたので、もうふたたびしないと約束した。祖母はいっそう安全にするために、それ以来彼女の身支度を検査することにした。アンナはそういう苦行において、人が想像するような神秘な快楽を覚えてはいなかった。彼女はあまり想像力が豊かでなく、アッシジのフランシスや聖テレサなどの詩は理解できなかったろう。彼女の信心は陰気で物質的だった。彼女が我と我が身を苦しめるのは、来世に期待してる幸運のためにではなく、自分自身にたいする残忍な
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