じないで、彼を信用せず、彼に向かって門戸を閉ざした。そのうえ知識階級の者はいったい、単なる一つの慈善では満足しかねるものである。単なる慈善は、悲惨の国のごくわずかな一地方をしか潤さない。その行為はたいていいつも部分的で断片的である。当てもなしに歩き回って、創傷を見出すに従って包帯してゆくがようなものである。通例あまりにつつましくて慌《あわただ》しいから、悪の根源にまでは手をつけ得ない。しかるにそこにこそ、オリヴィエの精神が看過し得ない探求があるのだった。
彼は社会的悲惨の問題を研究し始めた。それには案内者が欠けてはいなかった。当時ちょうど、社会問題は一般社会の一問題となっていた。客間や劇場や小説などの中でもそれが話題になっていた。だれもみなその方面に通じてるような顔をしていた。ある一部の青年らは最善の力をその問題に費やしていた。
どの新しい時代にも、一つの美《うる》わしい熱狂が必要である。若き人々はそのもっとも利己的な者でさえ、満ちあふれた生活力をもっている、不生産的であるのを好まない精力の資本をもっている。彼らはその資本を、一つの実行かあるいは――(いっそう慎重に)――一つの理論に費やそうとする。空中飛行か革命かである。筋肉を働かせるか想念を働かせるかである。人は若いおりには、自分が人類の大運動にたずさわっており、世の中を一新している、という幻をいだきたがる。世界のあらゆる息吹《いぶ》きに打ち震える官能をもっている。なんと自由で身軽であるだろう! まだ家族の重荷を負っていないし、何物ももっていないし、ほとんど懸念することはないのだ。まだ所有していないものをいかに寛大に見捨て得ることぞ。そのうえ、愛しまた憎むことは、夢想と絶叫とで地上を一変さしてると信ずることは、いかにうれしいことだろう! 若い人々は耳を澄ました犬のようである。見よ、彼らは風の音にも震え上がって吠《ほ》えたてる。世界の隅《すみ》で一つの不正がなされても、彼らはそのために熱狂する……。
暗夜の中の吠え声。大なる森の中で、農園から農園へと、吠え声は休みなく応《いら》え合っていた。夜は騒々しかった。そういうときに眠るのは容易でなかった。風は多くの不正の反響を空中に運び回っていた。……不正は無数である。その一つを償わんとすれば他の多くを招致する恐れがある。不正とはいったいなんであるか?――ある者にと
前へ
次へ
全184ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング