《みじ》めな人々が苦しいおりに支持されたか、君は知っているか。人にはおのおのその職業があるのだ。君たちフランス人は、きわめて軽躁《けいそう》で、スペインやロシアなどの縁遠い不正にたいして、問題の底をよく知りもしないでまっ先に騒ぎたてる。僕はそのために君たちが好きなのだ。しかし君たちはそれで事情をよくするのだと思ってるのか。君たちはめちゃくちゃに突進するだけで、結果は少しもあがらない――たまにあがれば、さらに悪い事情になるというくらいのものだ……。見たまえ、君たちフランスの芸術は、芸術家らが一般の実行運動にたずさわろうと主演してる現在くらい、色|褪《あ》せてしまったことはかつてないじゃないか。享楽的な疲憊《ひはい》した多くの小大家らが使徒だなどとあえて自称してるのは、実におかしなことだ。も少し混ざり物の少ない酒を民衆に注いでやったほうが、はるかによいのだ。――僕の第一の義務は、自分のなしてることをりっぱになすということだ。君たちの血を作り直して君たちのうちに太陽の光を置いてやるべき健全な音楽を、君たちのためにこしらえ出してやるということだ。」

 他人の上に太陽の光を注がんためには、自分のうちにそれをもっていなければいけない。オリヴィエにはその太陽の光が欠けていた。現在のりっぱな人々と同様に、彼は自分一人で力を光被するほど強くはなかった。力を光被するには他人と結合する必要があった。しかしだれと結合したらいいのか。精神が自由で心情が宗教的だった彼は、政治および宗教上のあらゆる党派に反感を覚えた。どの党派もみな不寛容と狭小とにおいて負けず劣らずだった。権力を得ればただちにそれを濫用するばかりだった。ただ圧制されてる人々のみがオリヴィエの心をひいた。この方面では少なくとも彼は、クリストフと同じ意見であって、人は自分に縁遠い不正と戦う前に、身近な不正、多少自分にも責任のある周囲の不正と、まず戦わなければならないと思っていた。あまりに多くの人々が、自分のなしてる悪のことは考えもせずに、他人のなす悪に抗言するだけで満足している。
 オリヴィエはまず貧民救助に従事した。親しいアルノー夫人がある慈善事業に加わっていた。オリヴィエはその事業に加入さしてもらった。しかし初めのうち、彼は幾度か失望を覚えた、彼が引き受けた貧民たちは皆、好意に価しない者ばかりだった。もしくは、彼の同情によく応
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