った。オリヴィエは早くから出かけていた。パリーの向こう側の場末で講義をしなければならなかったのである。八時ごろに、手紙を届けに来る門番の男が呼鈴を鳴らした。いつもならその男は、強《し》いて起こさないで扉《とびら》の下へ手紙を差し入れてゆくのだった。がその朝に限って扉をたたきつづけた。クリストフは寝ぼけながら、ぶつぶつ言って扉を開きにいった。門番は微笑しながら盛んにしゃべりたてて、ある新聞記事のことを言っていたが、クリストフはそれに耳を貸さず、顔も見ないで手紙を引ったくり、扉を押しやったままよくも閉《し》めずに、また寝床にはいって、前よりもなおぐっすりと眠った。
 一時間ばかり後にまた、彼は室の中の人の足音にはっと眼を覚《さ》ました。そして寝台の裾《すそ》のほうに、見知らぬ顔の人が丁重に会釈してるのを見て、呆気《あっけ》にとられた。それはある新聞記者で、扉が開《あ》いてるのを見て遠慮なくはいり込んで来たのだった。クリストフは腹をたてて飛び起きた。
「何をしにここへ来たんです?」と彼は叫んだ。
 彼は枕《まくら》をつかんで、その侵入者に投げつけてやろうとした。侵入者は逃げ出すような態度をし
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