ん住居があって、建て付けの悪い扉の隙間《すきま》から、子供らの押し合ったり泣き叫んだりするのが聞こえていた。天井の低い各階の中にたがいにつみ重なり、胸悪くなるような中庭のまわりにぎっしりつまってる、不潔な凡俗な生活のうごめきだった。クリストフは嫌悪《けんお》の情に打たれた。これらの人々は、少なくとも万人のための空気をもってる田舎《いなか》を離れて、いかなる渇望のためにここへ引きつけられてるのか、そして、生涯《しょうがい》墓の中みたいな生活をしなければならないこのパリーから、いかなる利益を得ることができてるのか、と彼は不思議に考えた。
 彼はオリヴィエが住んでる階に達した。呼鈴の代わりに結び綱がついていた。クリストフはそれをあまり強く引っ張ったので、その音にまた幾つかの扉《とびら》が階段口に半ば開かれた。オリヴィエが扉を開いた。その服装の質素ではあるが気をつけた小ぎれいさにクリストフは注意をひかれた。その服装の心づかいは、他の場合だったら気にも止まらなかったろうが、ここでは快い意外さを与えるのだった。よごれた雰囲気《ふんいき》の中にあって、それはある微笑《ほほえ》ましい健全なものをもって
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