者と同様に身動きをしなかった。死者から眼を放さなかった。涙も流さず、考えもせず、彼自身が死者だった。――オリヴィエによってなされた友情の奇跡がふたたび彼のうちに涙と生命とをもたらした。
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勇気をもてよ! 生は苦しむの価値あり、
共に泣く忠実なる眼の存する限りは。
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二人は長く抱擁し合った。それからルイザのそばにすわって、低い声で話した……。夜となっていた。クリストフは寝台の裾《すそ》のほうに肱《ひじ》をついて、幼年時代のことを思い出すままに語った。その思い出の中にはたえず母の面影が現われてきた。彼はときどき口をつぐんで、それからまた話を始めた。しまいには、疲労に圧倒され顔を両手に隠して、すっかり黙ってしまった。オリヴィエが近寄ってのぞき込んでみると、彼はもう眠っていた。そこでオリヴィエは一人で通夜した。けれど彼もまた、寝台の倚木《よりき》に額を押しあてて眠ってしまった。ルイザはやさしく微笑《ほほえ》んでいた。二人の子供の番をして夜を明かすのがうれしいようなふうだった。
朝になりかかったころ、二人は扉《とびら》をたたく音に眼を覚《さ》ました。クリストフは立っていって開いた。それは隣の指物《さしもの》屋だった。クリストフの来てることが告訴されたから、逮捕されまいと思うなら出発しなければいけないと、知らせに来てくれたのだった。クリストフは逃げるのを承知しなかった。母を今や永久に休らうべき場所へ送り届けないうちは、そのそばを離れたくなかった。しかしオリヴィエは、汽車に乗ってくれと彼に嘆願し、彼の代わりに忠実に母の見送りをすると誓った。そして無理やりに家から出かけさせた。彼が決心を翻えさないようにと、停車場までついて行った。クリストフはなお我を張って、せめて河《かわ》を見ないうちは出発しないと言った。その河のそばで、彼の幼年時代は過ごされたのであり、その高く鳴り響く反響を、彼の魂は法螺《ほら》貝のように、永久に保有してるのであった。町なかに姿を見せるのは危険ではあったけれど、彼の意志に従って町を通らなければならなかった。二人はライン河の岸に沿って行った。河は力強い平安の様子で、低い両岸の間を流れ、北海の砂浜の中に没しようと急いでいた。大きな鉄橋が霧に包まれながら、巨大な車の車輪の半分のようなその二つの橋弧を、灰色の水の中に没していた。遠くには船が靄《もや》の中に隠れて、牧場の間の屈曲した水路をさかのぼっていた。クリストフはその夢景色の中にうっとりと我を忘れた。オリヴィエはそれを引きもぎって、腕を取りながら停車場へ連れていった。クリストフはなされるままに任した。夢遊病者のようになっていた。オリヴィエは彼を発車しかけてる汽車に乗せた。そして、翌日フランスの第一の停車場で落ち合って、クリストフ一人でパリーに帰らないようにと、二人は約束した。
汽車は出た。オリヴィエは家に帰った。入り口に二人の憲兵が、クリストフの帰りを待ち受けていた。彼らはオリヴィエをクリストフだと間違えた。クリストフの逃走にはそれがかえって便利だったから、オリヴィエは急いで誤解をとこうとはしなかった。そのうえ官憲のほうでも、この間違いに失望の様子を示しはしなかった。逃走者を捜索するのに大した熱心を見せてはいなかった。クリストフの出発を内心では別に怒っていないことが、オリヴィエにさえ感ぜられた。
オリヴィエは翌朝まで居残って、ルイザの葬式を済ました。クリストフの弟である商人のロドルフが汽車の間の時間だけ葬式に列した。この尊大な男は、ごく几帳面《きちょうめん》に葬式の列に加わったが、そのあとですぐに出発してしまって、オリヴィエへ向かって一言も、兄の消息も尋ねなければ、母のために尽くしてくれた礼も言わなかった。オリヴィエはなお数時間町で過ごした。町には、生きてる者で彼の知人は一人もいなかったが、多くの親しい故人の影が宿っていた。少年クリストフ、クリストフが愛してた人々、クリストフを苦しめた人々――それから、なつかしいアントアネット……。この土地に生きてたそれらの人々から、今はもうなくなってるクラフト家の一家から、何が残っていたか? 一外国人の魂の中にある彼らにたいする生きた愛情、そればかりであった。
その午後、待ち合わせる約束の国境の停車場で、オリヴィエはクリストフに出会った。それは木立深い丘の間の小村だった。二人はパリー行きのつぎの汽車をそこで待たないで、道中の一部をつぎの町まで徒歩で行くことにきめた。彼らは二人きりになりたがっていた。遠くに斧《おの》の鈍い音が響いてる黙々たる森の中を、彼らは歩きだした。丘の頂の空地に達した。眼下には、なおドイツ領である狭い谷間に、森番人の家の赤い屋根、森中の緑の湖水のような小さな
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