は風と寒さとの中に、たがいに身を寄せ合って、もう座席がなくなりはすまいかと恐れながら、外で長く待った後、劇場にはいり込んで狭い薄暗い席につき、群集の中に没してしまった。息をさえぎられ四方から押しつけられて、ときとすると暑さと窮屈さとに気分が悪くなりかかることもあった。――が二人は楽しかった。自分の幸福と相手の幸福とに楽しかった。ベートーヴェンやワグナーなどの偉大な魂から流れ出る、善良と光明と力との波が心の中に注ぎ込むのを感じて楽しかった。愛する同胞《はらから》の顔――あまりに年若くてなめた労苦や心労のために蒼《あお》ざめてるその顔――が輝き出すのを見て楽しかった。アントアネットはぐったりしていて、母親から両腕で胸に抱きしめられてるような心地がしていた。そのやさしい温《あたた》かい巣の中にうずくまっていた。そしてひそかに泣いていた。オリヴィエは彼女の手を握りしめていた。その恐ろしい広間の暗がりの中で、彼らに注意を向けてる者は一人もなかった。が、その暗がりの中で、音楽の母性的な翼の下に逃げ込んでる傷ついた魂は、彼ら二人きりではなかった。
アントアネットはまた信仰をもっていて、いつもそれか
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