らに気づかなかったが、献身の情熱と奮闘の慢《おご》りとが彼女のうちにあった。女の危険な年ごろには、かの熱っぽい春の初めのころには、多くの愛情の力が、あたかも地下に音をたててる隠れた泉のように、一身を満たし浸し包みおぼらして、絶えざる迷執の状態に陥《おとしい》れるものであるが、そのとき愛情はあらゆる形で現われる。そしてただ、自己を与え自己を他人の糧《かて》に供することしか求めない。何かの口実がありさえすれば、その清浄な深い肉欲は、ただちにあらゆる犠牲心へ変化しようとしている。愛情はアントアネットをして友愛の餌食《えじき》たらしめた。
弟は彼女ほど情熱的ではなかったから、そういう動力をもたなかった。そのうえ、彼のために向こうから身をささげてくれるのであって、彼の方から身をささげてるのではなかった――愛するときにはこの方がずっと気楽であり楽しいものである。けれど彼は、自分のために姉が刻苦してるのを見ると、重苦しい呵責《かしゃく》の念を感ずるのだった。彼はそのことを姉に言った。姉は答えた。
「まあお気の毒ね! 私が生きがいを感じてるのはそのためだということが、あなたにはわからないの。あなたの
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