わな墓穴の前で、二人は手を取り合って祈りをささげた。彼らは絶望的な一徹さと傲慢《ごうまん》さとのうちに堅くなっていて、冷淡で虚偽な親戚らが会葬してくれるよりも、二人きりの寂しさの方が心地よかった。――彼らは人込みの間を分けて歩いて帰った。だれも皆彼らの喪に無関係であり、彼らの考えに無関係であり、彼らの存在に無関係であって、彼らと共通なのは口にする言葉ばかりだった。アントアネットはオリヴィエに腕を取らせていた。
 彼らはその建物の最上階に、ごく小さな部屋を借りた――屋根裏の二室、食堂となる小さな控え室、押し入れくらいな大きさの台所。他の町へ行けばもっといい住居が見つかるかもしれなかった。しかしここに住んでると、彼らはなお母親といっしょにいる心地がするのだった。門番の女は彼らに多少の同情を示してくれた。けれどやがて彼女は自分の仕事に気を取られてしまった。そしてもうだれも彼らに構ってくれなかった。同じ建物に借家してる人たちで、彼らを知ってる者は一人もなかった。そして彼らの方でも、隣にだれが住んでるかさえ知らなかった。
 アントアネットは母の跡を継いで、修道院の音楽教師となることができた。そし
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