われて見えなかった。水族館の植物みたいに、雫《しずく》をたらしてる寂しい灌木《かんぼく》の姿が、道の両側に霧の中から、進むにつれて現われてきた)――その夕方、彼らは墓へ別れを告げに行った。新しく掘り動かされた墓穴のまわりの、狭い縁石に、三人ともひざまずいた。無言のうちに涙が流れた。オリヴィエはしゃくりあげていた。ジャンナン夫人はたまらなそうに洟《はな》をかんでいた。生前最後に会ったとき夫へ言った言葉を飽かず思い起こしては、彼女の心はさらに苦しみもだえていた。オリヴィエは覧台《テラース》の腰掛でかわした話を思っていた。アントアネットは自分たちがどうなるかを考えていた。一同を没落の淵《ふち》に巻き込んだその不運な人にたいしては、だれも非難の気持をもっていなかった。しかしアントアネットは考えていた。
「ああお父《とう》様、私たちはこれからどんなに苦しむことでございましょう!」
 霧は暗くなって、その湿気が彼らの身に沁《し》みた。しかしジャンナン夫人は、思い切って立ち去ることができなかった。アントアネットは震えてるオリヴィエを見て、母へ言った。
「お母《かあ》さん、私寒いわ。」
 彼らは立ち上
前へ 次へ
全197ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング