かった。もう食事も取らなかった。
ジャンナン夫人は、破滅の迫ってることをよく見て取っていた。しかし夫の事業に少しも関与したことがなかったので、何にも理解できなかった。彼女は尋ねてみた。彼はそれを手荒くしりぞけた。彼女は自尊心を害せられて、そのうえ強《し》いては尋ねなかった。しかしなぜとはなしにおののいていた。
子供たちは危難に気づくことができなかった。もちろんアントアネットは怜悧《れいり》だったから、母と同じく、ある不幸を予感せずにはいなかった。しかし彼女は、萌《も》え出した恋愛の楽しさに浸っていた。心配な事柄を考えたくはなかった。彼女は思い込んでいた、暗雲は自然と消えてしまうだろうと――あるいは、どうしてもそれを見なければならなくなるまでには、まだかなり間があるだろうと。
不幸な銀行家の魂の中に起こってることを、おそらくもっとも理解しやすかった者は、小さなオリヴィエであった。彼は父が苦しんでいるのを感じていた。そして父とともに内々苦しんでいた。しかし思い切ってなんとも言い得なかった。もとより、何にもできはしなかったし、何にも知りはしなかった。そのうえ彼もまた、悲しい事柄から考え
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