く放っておくと、やがて黴《かび》が生えてくる。数か月たつと、ジャンナン氏から恩恵をこうむった人々は、その恩恵も当然のことだと考える癖がついてしまった。それのみならず、ジャンナン氏があんなに喜んで自分たちを助ける以上は、そこになんらかの利益があるに違いないと、自然に信じがちであった。もっとも気のきいた者たちは、自分の手で取った兎《うさぎ》か、自家の鶏小屋から集めた卵かを、市《いち》の立つ日に銀行家へ贈って、それで帳消しになったつもりでいた――負債をでなくとも、少なくとも感謝の念だけは。
 それまでは、要するにまだわずかな金額のことばかりだったし、ジャンナン氏の相手はかなり正直な人ばかりだったので、大した不都合をきたさなかった。金の損失は――それを彼はだれにも一言も漏らさなかったが――ごく僅少《きんしょう》な額だった。しかしジャンナン氏がある奸策《かんさく》家と接触するようになってからは、様子が違ってきた。この奸策家はある工業上の大事業を企てていて、銀行家ジャンナンの人の善《よ》さとその資力とを聞き伝えたのだった。態度の堂々たる人物で、レジオン・ドヌールの勲章を所有し、友人としては、二、三
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