なる喜びと不撓《ふとう》の熱心とをもって、彼女を捜しに突進したことであろう!……そうだ、彼女のところへ行き得る機会が、たとい万に一つでもありさえしたら!……しかし何もなかった……彼女に会えるなんらの方法もなかった……。なんたる寂寥《せきりょう》ぞ! 自分を愛し助言し慰めてくれる彼女がいなくなった今では、彼は頓馬《とんま》でお坊っちゃんのまま人生に投げ出されたのだった……。親愛な心の限りない完全な親和を、ただ一度でも知るの幸福を得た者は、もっとも聖なる喜びを――その後一生の間不幸だと感ずるような喜びを――知ったものと言うべきである。

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楽しかりし時を悲惨のうちにて思い出すほど、世に大なる苦痛はあらず……。
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 弱いやさしい心の人にとってのもっともつらい不幸は、一度もっとも大なる幸福を味わってきたということである。
 しかしながら、生涯の初めのころに愛する者を失うのは、いかにも悲しいことのように思われるけれども、あとになって生命の泉が涸《か》れつくしたときにおけるほど、恐ろしいものではない。オリヴィエは若かった。そして、生来の悲観性にもかか
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