ばらくの面会にたいする彼の気持と彼女の気持との間の矛盾は、しだいに大きくなっていった。彼女にとっては、今ではその面会時間が全生命だった。しかし彼のほうは、もちろん彼女をやさしく愛してはいたけれど、彼女のことばかりを思えと要求されるのは無理なことだった。一、二度は少し遅れて応接室にやって来た。ある日彼女は彼へ寄宿が厭《いや》かどうかと尋ねた。彼は厭でないと答えた。彼女はちょっと胸を刺される心地がした。――彼女はそういうふうな自分自身を恨んだ。自分を利己主義者だと見なした。二人がたがいに別々で暮らしてゆけないということは、また自分が人生に他の目的を有しないということは、馬鹿げたことであるし、いけない不自然なことでさえあるということを、彼女はよく知っていた。そうだ、彼女はそれを知りつくしていた。しかし知ってるだけで何になろう? どうにもできなかった。それほど彼女は、十年この方、弟という唯一の考えの中に全生活をうち込んできたのだった。その生活の唯一の中心が奪われた今となっては、もう何にも残ってはいなかった。
彼女は元気を出して、仕事や読書や音楽や好きな書物などに、手をつけようとつとめた……。
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