ますたがいに遠ざかるのを感じて、低く呼びかわしていた。
 アントアネットはこれからはいってゆく世界が恐ろしかった。彼女は六年前から非常に変わってしまった。昔はあれほど大胆で何物をも恐れなかった彼女も、今は沈黙と孤独との習慣になじんで、それから出るのが苦痛なほどだった。昔の幸福な日のにこやかで饒舌《じょうぜつ》で快活なアントアネットは、その幸福な日が過ぎ去るとともに死んでしまった。不幸は彼女を世間ぎらいにしてしまった。オリヴィエといっしょに暮らしてきたので、その内気さに感染したのも事実だった。彼女は弟を相手のとき以外は、なかなか口がきけなかった。何事もいやがり、訪問なども恐れきらった。それで、これから外国人の家に住み、彼らと話をし、たえず人前を取り繕わねばならないと考えると、いらいらした心苦しさを感じた。そのうえ憐《あわ》れな彼女は、弟と同じく教師としての天稟《てんぴん》をそなえていなかった。心して職務を果たしてはいたが、それを信じてはいなかった。有益な仕事をしてるという感情で助けられることがなかった。彼女の天性は愛することにあって、教えることにあるのではなかった。そして彼女の愛情につい
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