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彼女は自分の疲労を隠した。さらに努力を重ねまでした。血の汗をしぼって働きながら、休暇中彼に多少の慰安を得さして、学校が始まったらいっそうの力をもって勉強にかかれるようにしてやろうとした。しかし学校が始まると、彼女のわずかな貯蓄はひどく減っていた。それに加えて、もっとも収入の多かった二、三の稽古《けいこ》の口を失った。
もう一年!……二人の若者は最後の困難を見て精いっぱいに気が張りつめた。何よりもまず暮らしてゆかなければならなかった。そして他の収入の道を捜さなければならなかった。ナタン夫妻の尽力でドイツに見つかった家庭教師の口を、アントアネットは承諾した。それは彼女がもっとも決心しかねる事柄だった。しかし、さし当たって他に方法もなかったし、また待ってるわけにもゆかなかった。六年前から彼女はただの一日も弟のもとを離れたことがなかった。毎日弟の顔も見ず声も聞かなかったら、これから自分の生活がどうなりゆくか見当もつかなかった。オリヴィエも考えてみるとぞっとした。しかし彼はなんとも言いかねた。その悲惨も彼のせいだった。もし彼が入学できてたら、アントアネットはそんな羽目に陥らないですむわけ
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