っとした身振りや恥ずかしげな横目などとなって現われた。その様子が面白くもあればかわいくもあった。そういう心乱れのためにいっそう魅力が増した。人々の欲望は募るのみだった。そして彼女は貧しい娘で、世に保護者もなかったから、人々はその思いを彼女に打ち明けてはばからなかった。
 彼女はときどき、富裕なイスラエル人ナタン家の客間へ行った。ナタン家と親しい家に彼女は出稽古《でげいこ》をしていたが、そこで出会ってから同情を寄せられたのだった。そして彼女は人づきが悪かったにもかかわらず、ナタン家の夜会へも一、二度出席を強《し》いられた。アルフレッド・ナタン氏は、パリーで知名な教授であって、秀《ひい》でた学者であるとともにいたって交際家で、ユダヤ人仲間によくある学識と軽佻《けいちょう》さとが不思議に混和してる人物だった。ナタン夫人のうちには、ほんとうの親切と過度の俗臭とが同じ割合に混ざり合っていた。二人ともアントアネットにたいして、騒々しい真実なしかも間歇《かんけつ》的な同情をやたらに見せつけた。――アントアネットは一般に、自分と同宗教の人たちの間によりも、ユダヤ人らの間により多くの温良さを見出していた
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