ラが立ち並んでそよいでる鏡のように淀《よど》んだ運河に沿って、散歩をつづける……。それから、たいへんな晩餐《ばんさん》、長たらしい食事――その間、ひとかどの見識と歓喜とをもって食物のことが話される。皆その道の通人ばかりだし、また、田舎《いなか》では貪食《どんしょく》ということが、おもな仕事でありすぐれた技術だからである。その他、事業のことや露骨な冗談や時には病気のことなども、仔細《しさい》にわたってはてしなく口にのぼせられる……。子供のオリヴィエは、片隅《かたすみ》の席について、鼠《ねずみ》の子ほどの音もたてず、ぽつぽつかじるだけで、ほとんど食べもせず、耳を澄まして聞いていた。何一つ聞き漏らさなかった。よく聞き取れないところは想像で補った。幾世紀もの印象が強く刻み込まれてる古い種族の古い家庭の子供らには、しばしば特殊な才能が認められるものであるが、彼もそういう天賦の才能をもっていて、かつて頭に浮かべたこともなければまたほとんど理解もしがたいほどの思想をも、よく察知することができるのだった。――それからまた、血のしたたる汁気《しるけ》のある不思議な物がこしらえられる料理場もあり、ばかげた恐ろしい噺《はなし》をしてくれる老婢《ろうひ》もいた……。ついに晩となる。音もなく飛び回る蝙蝠《こうもり》、また、古い家の内部に動めいてるのがよくわかる恐ろしい怪物、大きな鼠《ねずみ》や毛の生《は》えた大|蜘蛛《ぐも》など、それから、何を言ってるのか自分でもよくわからない、寝台の足もとでの祈祷《きとう》、尼たちの就寝時間を告げる近くの僧院の小さい鐘の急な音。そして、白い寝床、夢の小島……。
一年じゅうでもっとも楽しい時期は、春と秋とに、町から数里隔たった自家の所有地で暮らす時だった。そこでは気ままに夢想することができた。だれにも会わないでよかった。小さな中流人士の多くと同様に、二人の子供は、婢僕《ひぼく》や農夫などの平民たちから遠ざかっていた。二人は彼らに会うと、多少の恐れと嫌悪《けんお》とを心の底に覚ゆるのだった。手先の労働者らにたいする、貴族的な――あるいはむしろ、まったく中流人的な――軽侮の念を、二人は母から受けていた。オリヴィエは秦皮《とねりこ》の枝の間に登って、不思議な話を読みながら日を過ごした。愉快な神話、ムゼウスやオールノア夫人の小話[#「小話」に傍点]、千一夜物語[#
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