夢みてる音楽――ヨハン・セバスチアン・バッハの、「懐かしき神よ[#「懐かしき神よ」に傍点]、われは何時死ぬべきか[#「われは何時死ぬべきか」に傍点]」という交声曲《カンタータ》の第一合唱句が……。心地よきかな、ゆるやかな波動、遠いおぼろな鐘の音、それとともに展《ひら》けゆく柔らかな楽句の中に身を浸すことは、……死ぬこと、大地の平和の中に融《と》け込むこと、……「それから自分の身が土となる」ことは……。
 クリストフは、それらの病的な思想を振るい落し、弱った魂をねらってる人魚の危険な徹笑を拒《しりぞ》けた。そして立ち上がって、室の中を歩こうとした。しかし立っていることができなかった。熱のために震えていた。床につかざるを得なかった。こんどは重い病気だという気がした。しかし降参しなかった。病気になって病気に身を任せるような男ではなかった。彼は反抗し、病気になるまいとし、ことに、死ぬものかと腹をすえていた。遠く彼方《かなた》には彼を待ってる憐《あわ》れな母親があった。そして自分にはなすべき仕事があった。殺されてなるものか! 彼は震える歯をくいしばり、逃げようとする意志を張りつめた。覆《おお》い
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