あの悲しげなやさしい眼を思い当たった。ドイツにいた時彼が心にもなく地位を失わせることになった、あの若い家庭教師のフランス女で、許しを乞《こ》わんためにその後あれほど捜し求めていた女だった。彼女もまた、込み合った通行人の間に立ち止まって、彼の方をながめていた。見ると、彼女は突然群集の流れに逆らって、彼の方へ来るため中央路に降りようとした。彼も彼女に会おうと駆け出した。しかしどうにもできない馬車の輻輳《ふくそう》のために、間を隔てられた。その生きた障壁の向こう側でいらついてる彼女の姿が、なおちょっと見えた。彼はなお通りを横切ろうとして、為に突き飛ばされ、ねばねばしたアスファルトの上に滑《すべ》りころげ、危うく轢《ひ》きつぶされるところだった。そして泥《どろ》まみれになってまた立ち上がり、ようやく向こう側にたどりついた時には、彼女の姿はもう見えなかった。
彼は彼女のあとを追っかけたかった。しかし眩暈《めまい》がさらにひどくなっていた。あきらめるのほかはなかった。病気になりかかっていた。それを感じながらも認めたくなかった。彼はがんばって、すぐに家へは帰らずに、長い回り道をした。無駄《むだ》な
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