回してる連中であった。
 通俗大学はまた、頽廃《たいはい》的な彫刻や詩や音楽など、極端に貴族的な審美主義のはけ口であった。人々は思想を若返らせ民族を再生させるために、民衆の君臨を望んでいた。そしてまず手始めに、ブールジョア階級の精練さを民衆に移し伝えていた。民衆はそれをむさぼるように受け取っていた。それが気に入ったからではなくて、それがブールジョア的なものだったからである。クリストフはある時、ルーサン夫人からそれら通俗大学の一つに案内されたが、そこで、ガブリエル・フォーレの優しき歌[#「優しき歌」に傍点]とベートーヴェンの晩年の四重奏曲の一つとの間にはさんで、ドビュッシーの作を彼女が民衆に演奏してきかせるのを聞いた。彼は趣味と思想との徐々の進歩につれて、幾年もの時日を経た後にようやく、ベートーヴェンの晩年の作が理解できるようになったのだった。それで彼は気の毒そうに隣席の一人に尋ねた。
「君にあれがわかりますか。」
 相手の男はあたかも怒った牡鶏《おんどり》のように憤然とした様子をして言った。
「わかるとも。君くらいには俺《おれ》にだってわからないことがあるものか。」
 そして、理解して
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