仲間よりも、これら政治家の連中をより興味深く感じた。人類の熱情や大なる利害問題にたいして、彼らはいっそう活発な打ち開けた知力をもっていた。たいていは南欧生まれの話し上手《じょうず》で、驚くべきほど芸術愛好家だった。その点だけを言えば、「ほとんど文学者と同じだった。もちろん彼らは芸術にかなり無知で、ことに外国の芸術には無知だった。しかし彼らは皆、多少の芸術通をもって任じていた。そしてしばしばほんとうに芸術を愛していた。大臣連中の会議が、小雑誌の会合に似てくることさえあった。ある者は脚本を作っていた。ある者はヴァイオリンをかき鳴らしてワグナー狂だった。ある者は絵画を塗りたてていた。そしてだれも皆、印象派の画を集め、頽廃《たいはい》派の書物を読み、彼らの思想とは大敵である極端に貴族的な芸術を、追従《ついしょう》的に味わっていた。社会主義もしくは過激社会主義のそれら大臣連中が、飢餓階級の使徒らが、精緻《せいち》な享楽の方面における通人を気取ってるのを見ると、クリストフは変な気がした。もちろんそういうことをするのも彼らの権利ではあった。しかし彼から見るとあまり誠実だとは思われなかった。
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