を、コレットが自分の周囲に集めて喜んでるらしいことだった。たまらない気取りやどもで、多くは金持ちでとかく閑散であるか、あるいは何かの官省の閑官の気に入りであった――いずれにしても同じことだった。皆物を書いていた――書いてると自称していた。それは第三共和政時代における一つの精神病であった。ことに虚栄的な怠惰の一形式であった――知的労働はあらゆる労働のうちで、最も点検しがたいものだったし、最も空威張《からいば》りのきくものだったから。彼らはその大なる労苦については、控え目ではあるがしかしもったいぶった言葉を、少しばかり口にするきりだった。自分の仕事の重大さをしみじみ感じてるがようであり、その重荷の下に苦しんでるがようだった。初めのうちクリストフは、彼らの作品や名前を全然知らないので少々困却した。そしてひそかに調べてみた。戯曲界の大立物だと彼らから言われている一人の男の書いた物を、彼はことに知りたかった。ところが、その大劇作家はただ一幕物を一つ作ったのみだと知って、彼はびっくりした。しかもその一幕物が、最近十年間にわたって彼らの雑誌の一つに発表された、一連の短編というよりむしろ一連の小品から
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