った、自分の生命と思想とを死から救わなければならなかった。客間の鸚鵡《おうむ》たる彼女らから受ける唯一の利益は、この必要な方法を得るということだけだった。彼は金の代わりに彼女に、稽古《けいこ》を授けていた。額《ひたい》に皺《しわ》を寄せ、仕事に気をこめて、熱心にやりながら、仕事のつまらなさ加減のために気を散らされないようにし、またコレット・ストゥヴァンのように婀娜《あだ》っぽい弟子《でし》たちの揶揄《やゆ》のために、気を散らされないようにつとめていた。彼はコレットにたいしても、その小さな従妹《いとこ》にたいするくらいの注意をしか払っていなかった。この従妹というのは、黙った内気な十二歳の少女で、ストゥヴァン家に引き取られていたものであるが、やはりクリストフからピアノを教わっていた。
 しかしコレットはきわめて機敏だったので、自分の容色もクリストフにたいしては無駄《むだ》であると感ぜずにはいなかったし、またきわめて柔和だったので、一時彼のやり方に順応せずにはいなかった。彼女はそれをみずからつとめるにも及ばなかった。それは生来の一本能だった。彼女は女だった、形のない波のようなものだった。彼女
前へ 次へ
全387ページ中194ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング