享楽ではある。しかしながら、激しい闘《たたか》いによってのみ得られる享楽であり、力の勝利を冠する月桂樹《げっけいじゅ》である。芸術とは、征服せられたる人生なのだ。人生の帝王なのだ。シーザーになりたくば、シーザーの魂をもたなければならない。君らは芝居の上の王様にすぎない。君らはただ役割だけを演じている。役割を信じてさえもいない。そして、自分の畸形《きけい》を誇る役者のように、君らは君らの畸形で文学を作っている。自国民のあらゆる病気、努力の恐れ、快楽の嗜好《しこう》、肉感的な観念、空想的な人道主義、意志を快く麻痺《まひ》させて、あらゆる活動の理由を奪い去るもの、そういうものを大事に育て上げている。阿片《あへん》喫煙所へばかり案内したがっている。そして君らはよく知っていながら、決して口には言わない、最後には死が控えていることを。――そこで僕が言ってやろう、死が存在するところには芸術は存在しないと。芸術、それは人を生きさせるものだ。しかし君らの著作者は、最も正直な者でさえも、いかにも卑怯《ひきょう》で、蔽眼布《めかくし》が眼から落ちた時でさえ、見えないふうを装《よそお》っている。彼らは厚かまし
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