傍点]が、ポルト・サン・マルタン座では御受難[#「御受難」に傍点]が、オデオン座ではイエス[#「イエス」に傍点]が、動植物園ではキリストに関する管絃楽の組曲が、それぞれ演ぜられていた。ある華々《はなばな》しい話し手が、豊艶《ほうえん》な恋愛の詩人が、シャートレー座で贖罪[#「贖罪」に傍点]について講演をしていた。もとより、これらの俗人らが福音書中で最もよく頭に留めてるのは、ピラトとマグダラのマリアとであった――「真理とはなんぞや[#「真理とはなんぞや」に傍点]?」と狂気の処女とであった。――そして広場を彷徨《ほうこう》する彼らのキリストは恐ろしく饒舌《じょうぜつ》で、世間的良心批判のごく機微な点にまで通じていた。
 クリストフは言った。
「これはいちばんひどい。虚偽の化身《けしん》だ。僕は息がつけなくなる。出て行こう。」
 それでも、偉大な古典芸術が存在していた。現代ローマの気障《きざ》な建築物中における、古代殿堂の廃址《はいし》のように、それは近代の工芸品の中にそびえ立っていた。しかしクリストフは、モリエールを除いては、それを鑑賞し得るまでになっていなかった。彼には言葉の深い意味がわ
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