、文学界とパリーの社会とを知ろうとつとめた。

 クリストフがまず当時のフランス文学と近づきになったのは――フランスの大多数の人々と同じように――日刊新聞によってであった。彼は自分の語学を完成するとともに、できるだけ早くパリーの思想に通じたかったので、最もパリー的だと言われてる新聞を、ごく丹念に読もうと努めた。第一日目に彼は、記事や写真で数欄を埋めてる恐ろしい雑報のうちに、一つの短編小説を読んだ。十五歳になる娘といっしょに寝る父親のことが書いてあった。ごく自然でまたかなり痛切なこととして叙述されていた。二日目には同じ新聞で、父親と十二歳になる息子とがやはり娘といっしょに寝る短編を読んだ。三日目には、兄と妹とがいっしょに寝る短編を読んだ。四日目には、二人の姉妹がいっしょに寝る短編を読んだ。五日目には……彼は嘔吐《おうと》を催して新聞を投げ捨て、シルヴァン・コーンに言った。
「ああ、これはいったいどうしたんだ? 君たちは病気なのか。」
 シルヴァン・コーンは笑い出して言った。
「それが芸術さ。」
 クリストフは肩をそびやかした。
「冗談はよせよ。」
 コーンはますます笑った。
「冗談なもの
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