てきた貴重な材料で作り上げた、あの混成建築物にも等しいほどのものが、音楽上にも得られるわけだった。しかしフランス人特有の良識は、そういう博学な野蛮さの病弊から彼らを救い出した。彼らはその理論を実際に適用することをよく差し控えた。医者にたいするモリエールの態度と同じ態度を、彼らはその理論にたいして取っていた。療法の指図《さしず》は受けていたが、それに従っていなかった。最もひどいのは、自分勝手の道を進んでいた。残余の者らは、実地においては、対位法のごく困難な込み入った練習をするだけで、みずから満足していた。そういう練習を彼らは、奏鳴曲《ソナタ》だの四重奏曲だの交響曲《シンフォニー》だのと名づけていた……。「奏鳴曲《ソナタ》よ、何を望むのか。」――しかし奏鳴曲はただ奏鳴曲たること以外には、まったく何も望んではいなかった。彼らの奏鳴曲の楽想は、抽象的で特徴がなく、苦心のみあって喜びのないものだった。それはまったく公証人的な芸術だった。クリストフは、フランス人らがブラームスを愛しないことを初め感謝していたが、もう今では、フランスには小ブラームスがたくさんいると考えていた。勤勉な誠実なそれらのりっ
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