ちゃく》をきたし、自己を破壊するようなことばかりをし、自己を否認しているのであった。
 クリストフは、当時のドイツ人に通有な厚かましい軽蔑《けいべつ》の態度で、こう考えていた。
「フランス人は、自分で利用できないような発明に、無駄な努力を重ねてばかりいる。彼らの革命を利用しに来る異人種の偉人が、グルックやナポレオンのごとき者が、彼らにはいつも必要である。」
 そして彼は、フランス共和暦八年|霧月《ブリュメール》十八日のことを考えて、微笑をもらしたのであった。

 けれどもある一群の者らは、そういう無秩序のまん中にあって、芸術家の精神のうちに、秩序と規律とを回復せんとつとめていた。彼らはまず手初めに、今から約千四百年前ゴート人やヴァンダル人の大侵入のころ栄えていた、ある僧侶団体の記憶を呼び起こしながら、ラテン語の名称を採用していた。それほど遠い昔にさかのぼるのを、クリストフは多少驚いた。おのれの時代を俯瞰《ふかん》するのは確かにいいことではある。しかしおそらくは、十四世紀もの高さを有する高塔は、現代の人間の運動を観測するよりもむしろ星の運動を観察する方がたやすいほどの、不便な観測所たるや
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