奏曲」に傍点]のごときものを作っていた。しかしはるかに困難なことだった。ごく明瞭《めいりょう》な一つの小さな楽句を頭に浮かべると、すぐに第二の楽句をその中間にはさもうとした。それはなんらの意味をも有しないものにせよ、ひどく第一のものと矛盾しがちだった。――しかもかかる憐《あわ》れな連中がいかにも冷静で円満な音楽家だと、一般に思われていた。
 そういう作品の演奏を指揮するためには、厳格で猛々《たけだけ》しい青年音楽長が、あたかもベートーヴェンやワグナーの軍隊をでも奮起させるかのように、ミケランジェロ風の身振りをしてあばれ喚《わめ》いていた。聴衆は社交界の人々と音楽家の卵とで成っていた。前者は、退屈でたまらながっていながら、光栄ある退屈を高価に購《あがな》うの名誉を、どうしても見捨てかねているのであった。後者は、専門家の乱麻をところどころ解いてゆきながら、覚えたての知識をみずから証明して喜んでいた。そしてこの聴衆は、楽長の身振りや音楽の喧騒《けんそう》と同じくらいに、熱狂的な感激の喝采《かっさい》を与えていた……。
「これあるかな!……」とクリストフは言った。
(彼はもうすっかりパリー児《
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