膜《こまく》の破れるような鋭い声で、さらに高く叫んだ。
「第一お前さんには、なんの言い草があるんですか。隣りの室に半分死んでるようになってるあの男を、先刻《さっき》お前さんが蹴りつけてたのを、私が見なかったとでも思ってるんですか。それからお前さんは、ちょっと手を見せてごらんなさい。……まだ血がついています。ナイフをもってるところを、私に見られなかったとでも思ってるんですか。もしお前たちが、あの人にちょっとでもひどいことをしたら、私は見たことをみんな、みんな言ってやります。お前たちをみな罪におとしてやります。」
 百姓らは激昂《げっこう》して、その怒った顔をロールヘンの顔に近づけ、鼻先で怒鳴りつけていた。そのうちの一人は、彼女を打とうとする様子をした。ロールヘンに惚《ほ》れてる男は、その男の襟首《えりくび》をつかんだ。そして二人はなぐり合わんばかりになって、たがいに身構えをした。一人の老人がロールヘンに言った。
「俺《おれ》たちがみな仕置きにあったら、お前もあうぞ。」
「私もあいましょう。」と彼女は言った。「私はお前さんたちのように卑怯《ひきょう》じゃありません。」
 そして彼女はまたしゃべりたてた。
 彼らはどうしていいかわからなかった。そして父親へ言葉を向けた。
「お前は娘を黙らせないか。」
 老人はロールヘンを極端に走らせるのは軽率だと悟っていた。彼は皆に静まるよう合図をした。沈黙が落ちてきた。ロールヘン一人が語りつづけた。それから彼女は、もう答弁を受けないので、薪《まき》のない火のように静まった。しばらくして、父は咳《せき》払いをして言った。
「じゃあいったいお前はどうしたいというんだ? まさか俺たちの身を滅ぼしたいんじゃないだろう。」
 彼女は言った。
「あの人を助けてもらいたいんです。」
 彼らは考え始めた。クリストフは同じ場所にじっとしていた。傲然《ごうぜん》と身を堅くして、自分に関することだとも思っていないがようだった。しかしロールヘンの仲介には感動していた。ロールヘンもやはり、彼がそこにいることを知らないようなふうをしていた。彼がすわってるテーブルに背中をもたして、喧嘩《けんか》腰で百姓らを見すえていた。百姓らは眼を下に落して、煙草《たばこ》を吹かしていた。ついに、彼女の父はパイプを噛《か》んでから言った。
「どんな申し立てをしようと、ここに残ってる以上は、あの男の罪は明らかだ。軍曹がちゃんと見覚えてるから、とても許すまい。あの男にとってはただ一つの方法があるばかりだ。すぐに国境の向こう側に逃げ出すことだ。」
 要するにクリストフの逃亡が自分たちには利益だと、考えたのであった。逃亡は罪の自認となる。そして彼がここにいて弁解しないかぎり、事件のおもな責任を彼になすりつけるのは容易だ。他の百姓らも賛成した。彼らはその考えをよく理解し合っていた。――そうと決定すると、早くクリストフに出かけさせたかった。一刻前に言った言葉はさらりと忘れた顔をして、彼らはクリストフに近寄り、彼の安危をひどく心配してるようなふうをした。
「旦那《だんな》、一刻も猶予しちゃいけません。」とロールヘンの父は言った。「奴らがまたやって来ますぜ。要塞《ようさい》へ行くに半時間、もどって来るに半時間……。もう逃げ出す隙《ひま》きりありません。」
 クリストフは立ち上がっていた。彼も考えてみたのだった。とどまっていたら身の破滅だと、彼もよく知っていた。しかし、出かける、母に会わないで出かける?……否、それはでき得ることでなかった。彼は言った、まず町へ帰り夜中に出発して国境を越える、それだけの余裕はあるだろうと。しかし百姓らは大声を発した。先刻は彼が逃げるのをさえぎって戸口をふさいだのに、今では彼が逃亡しないことに反対していた。町へもどれば、きっとつかまってしまう。彼が着くうちには、もう知らせがいってる。家に帰ったところを捕えられるだろう。――でもクリストフは強情を張った。ロールヘンはその意中を了解していた。
「あなたはお母さんに会いたいんでしょ。……私が代わりに行ってあげましょう。」
「いつ?」
「今夜。」
「ほんとに? そうしてくれますか。」
「行きますとも。」
 彼女は肩掛を取って、それを身にまとった.
「何かお書きなさい。もっていってあげます。……こちらへいらっしゃい。インキをあげましょう。」
 彼女は彼を奥の室へ引っ張っていった。入口でふり返って、自分に心を寄せてる男に呼びかけた。
「そして、お前さんは支度《したく》をなさい。この人を案内するんです。国境の向こうへ見送るまで、そばを離れてはいけませんよ。」
「いいとも、いいとも。」と男は言った。
 彼もまた、クリストフがフランスへはいり、できることならもっと遠くへ行くことを、よく見届けたいとだ
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