きないということが、癪《しゃく》にさわるように思われるのだった。愛してくれる男を善化しあるいは悪化する力が自分にあるという幻を、女に与えてやらないのは、愛の不足を示すものである。ぜひともそれを実際にためしてみようという心を、女に起こさせるものである。クリストフはそれを用心していなかった。ある時アーダは戯れに尋ねた。
「私のためになら音楽を捨ててくだすって?」(もちろん彼女はそれを少しも願ってはいなかった。)
すると彼は直截《ちょくせつ》に答えた。
「おうそんなことは、たといお前にしろ、だれにしろ、できるものかね。僕はどこまでも音楽をやるつもりだ。」
「それであんたは私を愛してるというの?」と彼女はむっとして叫んだ。
この音楽というものを、彼女は憎んでいた――自分に少しもわからないだけになおさら、そしてまた、この眼に見えない敵を害してクリストフの熱情を傷つけるべき妙策を見出し得ないだけになおさら、それを憎んでいた。いかに彼女が軽蔑《けいべつ》の調子で音楽のことを語り、クリストフの作曲を軽視しようとも、彼はただ大笑いをするだけだった。アーダは激昂《げっこう》しながらも口をつぐまざるを得
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