、靴を手に取った。息を凝らしながら、野蛮人のような狡猾《こうかつ》さで四つ這《ば》いになって、往来に向かってる台所の窓のところまでやって行った。そこにあるテーブルの上に上った。向うからゴットフリートが、彼を肩に受け取った。そして二人は、小学校の子供のように喜びながら、出かけてゆくのだった。
時とすると彼らは、ゼレミーを捜しに行くこともあった。ゼレミーは漁夫で、ゴットフリートと仲良しだった。三人は月の光を頼りに、その小舟に乗って走った。櫂《かい》からしたたる水は、ささやかな琶音《アルペジオ》や半音階を奏した。乳色の靄《もや》が河の面《おも》に揺れていた。星がふるえていた。鶏が両岸で鳴きかわしていた。時とすると、月の光に欺かれて地から舞い上がった雲雀《ひばり》の顫律《トリロ》が、空の深みに聞えることもあった。皆黙っていた。やがてゴットフリートはある歌の節《ふし》をごく低く歌った。ゼレミーは動物の生活の不思議な話をきかした。簡単な謎《なぞ》のような調子で言われるので、なおその話が不思議に思われた。月は森の後ろに隠れてしまった。一同は丘陵の仄《ほの》暗い段々に沿って進んだ。空と水との闇《やみ
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