ピラミッドは長くピラミッドたらんことを欲する。それを組立つるおのおのの石塊に向かって、一定の形を要求する。所要の形を具えないものがある時には、そこより崩壊を起こす憂いがあるからである。特殊の形を有するものは、全体の安寧を害するのゆえに容《い》れられない。かくてすべては都合よき形にゆがめられている。ゆがめられ平たくなされた面と面とが相接して、動きがとれなくなっている。そこにはもはや、個々の自由は存しないで、永遠の束縛と窮屈とが存するのみである。しかも最も恐るべきことは、かかる不自然な形に慣れきったあまり、それをもって自然な形と自認することである。おのれの魂をピラミッドの覊絆《きはん》より解放して自然の形に正すこと、それさえも忘れられてくる。
ピラミッドをして平坦ならしめよ! これは自然そのものの声である。目覚めたる心の叫びである。それはあらゆる虚偽と停滞とに向かって飛びかかり、あらゆる仮面を引剥《ひきは》がずんばやまない。そこにはただ一筋の道あるのみである。真実を求めて赤裸の魂が突進する戦いの道である。善悪、美醜、正不正も、やがては第二義的のものにすぎなくなる。要は生命それ自身の自由なる飛躍である。目指すところは自然なる真実、道程は力強き反抗苦闘、心にいだくところは生命の愛。その理想は外部より魂を束縛する何かではなく、魂を自由に解放することそのことである。地上につながるる奴僕たることを脱して、自由の天空に翔《かけ》る太陽の子たらんとすることである。かくて、勝利の栄光をもっておのれの旗を彩《いろど》るか、あるいは傷つき斃《たお》れておのれの血潮でおのれの旗を染むるか、それは問題ではない。いう、人生は一編の悲劇なりと。
人生をして悲劇たらしむるところのものは、過去と未来との断つべからざる連鎖であり、個々の上にかかる全体の圧力である。ピラミッドを組み立つるおのおのの石塊は、全体をピラミッドたらしめた深く遠い原因と、全体より来る重力とを、おのれ自身の上に荷《にな》っている。その二つを苦しむことによってしか、ピラミッドより脱することはできない。過去と全体とが有する虚偽を苦しむところにこそ、真の自覚が生まれてくる。自覚したる天才が、新たな未来を開拓せんとする時、現在を基点として一大転向を企図せんとする時、過去と全体とは彼の槓桿《こうかん》の上にのしかかってくる。その重みに堪え
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