若者はあっけにとられましたが、やがて我に返ってみると、それこそまさしく、老人達から聞いた猿爺さんとその猿とに違いありませんでした。
「そうだ、そうだ」
若者は嬉《うれ》しくなって、爺さんのところへ走って行きました。
「猿爺さんじゃありませんか」
爺さんは、にっこり笑って若者を迎えました。
「とうとう見付かったかな。……猿めがあんたの村でいかいお世話《せわ》になったそうで……」
そこで若者は、村中大騒ぎをして爺《じい》さんを探してることや、病気なら村に来て養生《ようじょう》するがいいということなどを、熱心に言い立てました。
爺さんは頭を振って答えました。
「いや、この上あんたの村の人達に世話《せわ》をかけてはすまん。それに、ここにこうして寝ている方が、結局わしには気楽だからのう。……まあちょっと、あの泉の水を飲んでみなされ」
そこで若者は、何の気もなく泉の水を一|掬《すく》いして飲んでみますと、びっくりして眼を白黒させました。おいしいの何のって、蜜《みつ》と氷砂糖《こおりさとう》と雪とをまぜたようなたまらない味でした。
「わしがここまで来かかるとな」と爺さんは話してきかせました。
「急に病気で動けなくなってしまったのさ。そこで杉の木の下に寝たがのう、喉《のど》が渇《かわ》いて仕方《しかた》ないから、猿《さる》めに水がほしいと言うとな、猿めがいきなりそこを掘り始めた。何するのかと思っていたら、その掘った穴から、あの通りうまい水が湧《わ》き出してきた。これはわしの知恵にも及ばんことで、ほとほと感心させられましたわい。……そこで、わしはその水を飲んでいくらか気持ちがよくなったがなあ、次にはお米がないという始末なんさ。で猿めを一人であんたの村にやって、お米や野菜をもらって来させたんだがなあ、お影《かげ》で助かりました。もうわしの病気もあらかたよくなったで、心配して下さらんでもよい。そう村の衆《しゅう》へも言って下されよ」
若者は爺さんの心を動かすことが出来ないのを見て取って、村へ帰ってゆきました。帰る時にはもう猿は米をといでしまって、それを鍋《なべ》に移してたき火で煮ていました。そして若者の方へ、真面目《まじめ》くさった顔付《かおつき》でお辞儀《じぎ》をしました。
四
若者が猿爺《さるじい》さんに逢った話をしますと、村の人達はなぜかしらひどく感
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