鉄棒をにぎり、そして身体の重みを四肢に托して、鉄格子を力の限り揺ってやったであろう。そしてなお、額に皺をよせ眼を丸くし、歯をむき出し、頭をぶるぶると振わせたであろう。
オランウータンの気持が、私にはよく分るのだ。凡て鉄格子の中にとじこめられてる者の気持も、分るように思える。
これがでたらめな云い草だと思うならば、試みにやってみるもよかろう。うたた寝の眼をさました時、そのまま、むっくり四肢で起き上り、背中をまるく高めて、それから伸びをしてみるのだ。または、四足で立って、尻をふりながら、わんわんと云ってみるのだ。人は猫にも犬にもなれるものだ。オランウータンなどには雑作なくなれる。
形態が、いや姿態が、心理を決定するのだ。
母が亡くなった時、そしてその死体を棺に納めた時、その夜、かりの微睡の布団の中で、私は自分の身体を硬直させた。
呼吸の意識がなくなるくらいに、息を静かに柔く保つのである。眼はじっとつぶって、髪の毛一筋動かさない。両手は胸の上に組合わされている。両足は爪先をそろえて真直に伸ばされている。仰向きの不動の姿だ。
やがて、呼吸が殆んどなくなる。身体がしんしんと冷えてく
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