じております。そのやり方は実に巧《うま》いものだと思います。ところで彼はもう一文も持ってはいませんので、ただ私に空《から》っぽの手を開いて見せるほかはありますまい。それに私は、ジョヤまで行くのに少し金がいりますので、何も持たない彼の所よりも、何でも持っておいでになるあなたの方へ参ったのであります。ああ少し疲れましたから、どうか椅子《いす》にすわることを許して下さい。」
マリユスは腰をおろし、彼にもすわるように身振りをした。
テナルディエはボタン締めの椅子《いす》に腰をおろし、二枚の新聞紙を取り、それを包み紙の中にまたたたみ込みながら、ドラポー・ブラン紙を爪《つめ》ではじいてつぶやいた、「こいつ、手に入れるのにずいぶん骨を折らせやがった。」それから彼は膝《ひざ》を重ね、椅子の背によりかかった。自分の語ろうとする事に対して安心しきってる者が取る態度である。そしていよいよ、落ち着き払い一語一語力を入れて、本題にとりかかった。
「男爵、今からおおよそ一年ばかり前、一八三二年六月六日、あの暴動のありました日、パリーの大下水道の中に、アンヴァリード橋とイエナ橋との間のセーヌ川への出口の所に、ひ
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